再開、激重パソコンを添えて。
2024年を振り返る内容を最後に更新していなかった当ブログですが、皆様いかがお過ごしですか!!!
再開だーーーーー!!!
2025年まったくブログを書かず、SNSもほとんど更新しなかった私はただただ生活を営むことに必死でした。
本を読んだりゲームをしたりもしていたので、「必死」というには穏やかすぎるのかもしれず、淡々と生活するというのはどういうことか体験することに集中していた、というのが正解かもしれません。
感覚過敏のその後
耳栓の紹介をしたのがついこの間のようにも感じます。
引き続き合わない環境で適応しようと頑張っており、先ほどの「必死」という言葉はここから発生しています。
合わないなりに頑張った結果、仕事上のコミュニケーションが増えてしまったので、残念ながら耳栓はいったん外しました。
転勤してきたよそ者ということもあって、周囲の人たちに比べてアウェイ感が強すぎる中、これは自分が悪いのではないか、自分が変わればこのアウェイ感も消えるのではないかという、お決まりの自責パターンで考えた私は「人との関りを諦めたくない」と思ってしまいました。
ここで声を大にして言いたいのは、「人との関りは別にその場所じゃなくても作れる」ということです。
合わない人たちとの関りは!諦めてもいいよ!!
合う場所がなければまずは自宅を整える
収入を得ることが苦手だ、という意識がずっとありました。
ちゃんと働くと体調を崩してしまう。だから人よりもペースを落として、その分収入も落としてしか働くことができない、という意識。
結果働くことに全集中、それ以外は雑事、と思ってしまっていました。
でも仕事で消耗したとき、心から休める場所がない。
安いからとりあえず買った家具や食器、くたびれて使い心地が悪くなった寝具や衣服。
外で働くだけじゃ足りないのだから家でできることでも収入を、と考えた結果義務みたいになってしまった絵やモノづくりの道具。
そういったものに囲まれる生活をまずはやめなくてはと思いました。
ご飯の支度や家事は、雑事ではなく生活そのものなんだと思い改めました。
その結果、自分が本当に好きなもの、本当にやりたいことは意外と知らなかったんだ、と思い至りました。
職場環境は自分ではどうにもできない部分が多いので、逆に自分でどうとでもできる自宅を整える。かなり遅いスタートになりましたが、今も継続中です。
2026年も
生活することが苦にならないように。
感覚過敏は(私の場合は)消えないのでね。消えないなら自分の生態をまた記録していこうとブログを再開した次第です。
好きなことで生きていくとか、起業家という肩書が横行したりとか、なんか夢とかビジョンとか自己啓発が当たり前のようになっている気がしますが。
人生に目的なんて別になくても良くないですか、と、私の中の反抗期が言うのです。
生まれてきたことに意味があったとしても、それは私たちが生きている次元では理解しえないことではないですか、と思うのです。
淡々と、起きて食べて寝るという一連の生活を、自分らしく楽しんで、そしていずれ幸せを感じる間隔が狭くなっていったらいい。
幸せを感じることに罪悪感を持たなくてすむように。
ご自愛を当たり前にしていこう。
これからもよろしくお願いします。
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